<花咲く春に入学>

受験生にとってきわめて狭き門だった中国の大学が定員を大幅に増やそうとしています。中国の大学の入学時期は欧米と同じ秋なのですが、定員増加に伴い、日本と同じく冬に入学試験を行い、春に入学式を行う大学も現れました。北京からのリポートです。

試験用紙が配られて緊張の一瞬


<リポート>
北京で最も寒い1月下旬、大学受験をめざす若者達が、白い息を吐きながら試験会場にやってきました。日本では冬の試験が当たり前なのですが、中国では初めてです。
実験的な試みとあって、学生募集は北京市で336人、南の安徽省で2000人余りに限定されました。現役の高校生は受験資格がなく、夏の受験に失敗した浪人生が主です。
<受験生の話>
「去年の夏ほど緊張してません。失敗してもまた次があるしね」
<リポート>
人口大国中国で、毎年生まれる子供はおよそ2000万人。今、大学に行ける若者は10人に一人にも達しませんが、政府は10年後には国際的基準の最低の目安である15%に引き上げようとしているのです。

マンサクみたいな花が咲き


3月、北京の春です。色とりどりの花がいっせいに咲き始めました。
そして、北京青年政治学院では、はじめての春の入学式です。
ここでは共産党の青年組織として社会に根を張る共産主義青年団の幹部を要請しています。
国有企業改革で、これまでのように企業内で政治教育を担当するだけでは食べていけない時代に入り、新入生達も気が気ではありません。
<新入生の話>
やっぱり、就職と待遇が問題ですね。国が僕達をどのように処遇するのか、社会が受け入れてくれるのかどうか、みんな関心があります。

こぶしの花も咲くのであった


<顔>
万物が蘇る春、日本で育った私には、入学式はやはり春の方がしっくりときます。

<追記1>
ああ、大学の寮で桜の咲く中での新歓コンパが懐かしいなあ。あの時の僕はすっかり酔ってしまい、先輩に命じられて賈ってきた一升瓶を宴席にたどり着く直前に割ってしまったのでした。その頃流行の剣菱でした。和田の歌った「芸者ワルツ」が忘れられんなあ。
♪あなたのリードで島田も揺れる〜、芸者ワルツは思いでワルツ〜

<追記2>
KAZUGONはいつも馬鹿ばっかりやってるからって、KAZUGONの秘書までそうだとは限らないよ。まあ、彼女の書いた文書を読んでやってくれ。ずっとためになるよ。
高くなった中国の学費
  ―新聞で支援を求める学生も―
中国は9年制の義務教育である。
日本と同じく小学校が6年間で中学校が3年間である。だから中学校までは誰でも義務教育を受けられる。十年前までは学校に支払うお金があまり多くなかったが今はだんだん増えている。人民元が十年前より安くなったこともあり、子供に教育を受けさせる負担が重くなっているのは確かである。
中国では毎年8月末か9月に新学期が始まる。新学期が始まると学校によって要求してくるお金が違うので、上海では今年の8月、99年上半期の小学校と中学校、高等学校の学費と教科書代などの学校に支払うお金の標準を発表した。
これによると小学校の教科書などの図書料金が130元、学費が50元,中学校の図書料金が150元、学費が80元,高等学校の図書料金が200元、学費が600元である。そして区とか県の重点高等学校の場合学費は800元である。一年に上半期と下半期の二学期があるから実は一年に学校に支払うお金はこの倍になる。
これだけのお金は仕事のある都市市民なら出すことは出来るが、貧乏な農村ではお金が出せず、子供に学校を辞めさせる親もいる。
それで新聞にはどこかの幹部が貧乏で学校に行けない子供を援助して学校に行かせたというニュースが良く出ている。
国では"希望工程"という国家部門を作って全国から寄付金を集めて貧乏で潰れそうな学校しかない村に新しい学校を建てたり学校に行けない貧乏な子供を援助したりしている。
小学校から高等学校までの学費が高いと思う人が少なくないのに大学の学費はもっと高い。
今年、上海の大学学費標準を見てみると普通の大学は一年に3800元、医学大学は一年に4200元、法律専攻大学は一年に最高が5000元、芸術専攻学は一年に1万元である。この学費のほかにも寮の宿泊費などの料金が1500元になる学校もある。また普通の食費などの生活費用が一ヶ月に300元から500元ぐらいかかる。こうなると一人の大学生が一年にかかる費用はサラリーマンの一年の収入に当たる。
貧乏な農家や、家庭に二人以上の固定収入がない普通の庶民には一年に6000元はとても払えない。
それで8月になると"北京青年報"(北京の新聞)などにどこの学生がどんな大学に入学できたが学費が足らないから誰かに支援をお願いしますと言う記事が良く出る。ここで"北京青年報"に載った記事を二つ紹介する。

晴れて幹部の道を歩見始めたのだが


1つは北京市順義区楊鎮一中学校の李迎光という学生に対する記事である。中学校の時日本算術オリンピク東南アジア地域の試合で8番目の良い成績を取ったこともある。今年良い成績で北京医科大学の臨床医学部に入学したが、学費が4331元もかかる。家の経済条件が良くないのに兄も大学生で毎年少なくとも4000元必要だ。兄の学費も払えないのに李迎光の学費まで出すのは親にとっては無理なことである。8月27日に学校が始まるまで6日しか残っていないのに学費はまだ準備できでいない。親はあちこちで頼んでみたが一人分の学費しか集められなかったと言う。
この記事を見た北京鼎商投資顧問会社の全職員たちが李迎光と同高等学校の14名の大学校に入学した貧しい学生に学費を出すことになったと、続報で読んだ。
もう1つの記事を見てみよう。福建省南平市虎山村の19歳の紀鴻聡はこの村で初めて北京大学に入学した。9月2日紀鴻聡が北京大学校へ行く日、村の人たちは爆竹を鳴らしながら彼を見送った。
紀鴻聡は父が身体障害者で母が精神障害者で二人とも働くことが出来ない。紀鴻聡は栄養不良で5歳にやっと話が出来、6歳に歩くことができた。彼は村人たちのお陰で小学校を卒業した。そして村で一番目の成績で南平第一中学校に入学した。中学校に入っては先生とクラスの生徒たちの援助を受けて勉強を続けた。中学校3年生の時から台湾商人が毎学期に900元ずつ援助してくれた。"南平市の優秀な学生"に選ばれたこともある。今年、北京大学の地球物理学部に入学が決まった。
しかしちょうどこの時、台湾商人がいろんな理由で援助を続けることが出来なくなった。紀鴻聡は自分の学費を集める4つの方法を考えた。1つは親戚か知り合いに頼む、2つは政府に補助金の申請をする、これが出来なかったら企業からの援助を求める,これも出来なかったら新聞で支援を求めることだった。
8月15日、入学通知を受け取ってから紀鴻聡はまず親戚と知り合いの人から50元,100元ずつ集めた。村で1000元出してくれた。郷鎮の政府で2000元出してくれた。別の区の書記長個人が500元援助してくれた。たった7日間で4500元を集めた。それをもとに3800元の学費を学校に送った。
9月4日、初めて北京大学の前に立った時"これから新しい人生が始まるかもしれない"と言った担任先生の話を思い出した。
思えば大学試験を受けた7月7日はちょうど自分の19歳の誕生日だったのだ。
この記事の下に紀鴻聡が学校に"郷村第一代大学生"奨学金を申請したと書いてあった。
この奨学金は"中国青年報"、青年基金会、コカコーラ会社が連合して作った奨学金である。
中国の大学の門はどこまで開いたか
中国で年間出生する人口は2000万人に及ぶ。国際的に見ると大学進学適齢期の青年たちの15−50%が大学に入学するのを大学教育の大衆化基準としている。中国がこの規準に到達しようとしたら毎年大学に進学する定員が300万人以上にならなければならない。今年、中国は昨年より大学進学定員を44%増かしたがそれでも156万人しか募集していない。大学進学年齢になる100人の中で大学に入学できる学生は10人も満たない。
入学率が10%も達しないのたから競争の激しさは想像できるだろう。高校3年生になったら勉強はとても大変だ。毎日4時間しか寝ないで勉強する学生もいる。勉強した内容を忘れないようにと願う学生と親の気持ちを狙って、記憶力を強める効果があるという薬も飛ぶように売れている。
中国は13億の人口がある割合には大学が少ない。98年中国の普通の大学が1022箇所。昨年大学で勉強していた学生が340.88万人,研究員で勉強する学生が19.25万人であった。
中国大学教育の発展のためには大学進学率を2−3倍に拡大しなければならないと専門家たちは言っている。
しかし中国の今の大学の条件で進学定員を無理やりに増やすことは出来ない。実に619箇所の一般大学を調査してみた結果,各大学の教室、図書館、宿舎、浴室などの基礎施設がもう国家教育部の基準に達していないことが分った。教授と学生の割合は1:10.35で先進国と差がなかった。先進国が理想的と見る教授と学生の割合は1:14。この割合に保つためには中国の大学進学定員は200万人を超えられない。
中国の大学大衆化を実現するのもなかなか難しいことだと言うことが分る。

                                         (99年10月)


(2000年3月24日)


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