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「太鼓魂2002」2002.6.27
この年、星の数ほどある日中国交回復30周年の行事にまじって北京のヤング向けに催されたコンサート。
出演は、日本の大阪弁のブルース「三井はんと大村はん」とノリノリのハードロック「XYZ」。
一方中国は人気歌手「陳琳」のポップスでと、音楽のジャンルが、まちまちでした。
前評判では、元ピンクレディのミーも来るかも、なんて話もありましたが、もしも来ていたらめちゃめちゃになっていたではないでしょうか。
これもファンキー末吉さんの中国での地道な音楽活動のひとつの節目で、幅広い人脈があってこそ実現した取り合わせなので、ちょっと不自然で雑多だけど、それなりに大きな意味があったのです。
とにかくタイトルの通りにイベントの趣旨を素直に受け取れば、ファンキー末吉さんの魂が満ちた太鼓(ドラム)が本当によかった。
それと、開会の挨拶に訪れていた日本大使館広報文化部の宮家公使に、「イエー!」と言わせて、タテノリまでさせたXYZの実力を称えましょう。
「体育宝くじ」 2000.8.16
北京の街のあちこちに小さな売店、キオスクがあります。
とても便利な売店では、このところ宝くじまで扱うようになりました。
北京政府は、次回のオリンピックこそ誘致せんと、資金調達のため人民のふところをあてにして宝くじを始めたようです。
「体育彩票」(体育宝くじ)のポスターが貼られているキオスクには、よく商店にある小型レジ風のコンピュータが設置され、これまたレジからレシートが打ち出されると同じように感熱紙に数字が印字されたくじが売られています。

くじは、ひとつ2元で、1から40までの数字を任意に7つ選んだものをひとつに数えます。
数字は、自分で選んでもいいですし、コンピュータに選ばせることもできます。
当選番号は、毎週金曜日に、テレビや新聞紙上で発表されますが、当選金額は毎週違うためギャンブル性の高さを好む人は、当選金額の高い週を狙ってくじを買います。
ただ、当選金額が決められているのは全体の金額で、当選者が多数いた場合は、頭割りで分け前が少なくなるようになっています。
5組10元のくじをコンピュータに引かせるケースが多いようですが、当選番号発表日の午後になると、小さな紙切れを片手にキオスクで当選番号を照会する小さな人だかりを見かけることがあります。
10元で買った宝くじだけど、当選金が2元でもなぜか喜んでしまうのよね。
「たいへん」 1999.8.27
日本語と中国語の間には、漢字を用いることで意味を伝え合えるという利点があります。
ところが、中国語を学ぶ日本人が、使い慣れた漢字のトリックによってとんだ過ちを犯してしまうことがあるのです。
中国人との会話の上で、「あの人はスケベね」と言いたかったとき、試しに「好色」という言葉を中国語で読んでみたら通じてしまいました。
その場にいた中国人が眉間にへの字のしわを寄せて、同意を示して大きくうなずきました。
次に「スケベ」を強調したくて、「とても」を「たいへん」と置き換えて中国語読みを発してみたら、その中国人は、目を点にしたあとに、苦笑。
中国語の「大変」は「大便」と同じ発音で、まさに、大便をするという意味を持ちます。
「大変」なことを言ってしまいました。
「立見席」2002.1.14
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建築現場に出稼ぎに来ている作業員たちの夜の娯楽は、現場近くのVCD店でデモ用に放映される映画鑑賞。
寒さを忘れて画面に張り付く立ち見の群れからは、時折笑い声があがります。
北京には、ポルシェをとばして遊ぶ人もいるけど、こういう風に楽しむ人たちもいるんです。 |
「たて結び」 1998.8.23
中国の飛行機に乗ってて気になるのがスチュワーデスの後ろ姿。
ふふふーん。
おかしな想像はしないでね。
私が気になるのは、エプロンのひもの結び目。
なぜだかみんな「たて結び」なのです。
蝶々結びになってない。
江戸っ子なまりで「ちょいとヒツレイ。」と、背後からサッとほどいて結びなおしたくなる。
一旦気になり出したら、なんと北京にある「結びもの」が、みなたて結びではないですか。
ああ−っ、ほどいてもほどいても、結んでも結んでも。
「玉さま」 1998.9.17
玉さまなんて馴れ馴れしく呼ぶけど、それは坂東玉三郎さんのこと。
その玉さまが、北京に来ました。
北京日本人商工会議所主催で玉さまとの茶話会及び京劇鑑賞会が行われ、定員40名の中にまぎれこんで文芸を楽しむ機会に触れることができました。
北京では、最近40代の若者(?)で、古き良き北京の復活をテーマに観光や文芸の分野で活躍を見せている人たちが現れています。
その晩、舞台になった湖広會舘の経営者もその一人で、北京の伝統的な建築様式を生かして、京劇専用の劇場を97年にオープンさせました。
玉さまは以前から京劇と歌舞伎との共通点に注目していて、その伝統を両国の友好を以って受け継いでいこうという活動をしているそうです。
その活動の一環として、若い役者の育成に力を注ぎ、日中両国で同時にその試みを進めているわけです。
今回の京劇の役者もみな若い連中でした。
劇場を提供する若い経営者が練習場も提供します。
高価な衣装や小道具、楽隊まで用意します。
こうして、苗が育つように土壌を養い、水を注ぐのです。
花を咲かせ、実が種を落とすように陽を当て、風を起こすのです。
実は劇場主の目的は、外人客相手の金儲けが第一かもしれません。
伝統芸能の継承なんて、聞こえがいいキャッチコピーかもしれません。
でも、そこで芸を学ぶ学生たちが、のどを、技を磨いていることは現実です。
当夜の演目は3つ、正直にいうと、いずれもあまりうまくない歌と立ち回りでした。
玉さまが私たちに用意したのは修行中の彼らがどんなにがんばっているかを見せる場でした。
舞台の彼らにだれよりも拍手を送っていたのが玉さまでした。
玉さまは拍手だけでは彼らが育たないことをわかっていて日本人商工会議所に協力を請いました。
「歌舞伎は国が守っているけれど、京劇は違うのです。
民間人が守らなくてはなりません。」
京劇は、入場料10元相当の舞台でも、喜んで150元払ってくれるパトロンが必要なのです。
私は最前列の席で、玉さまの話を聞いていました。
話し方はやさしく、わかりやすくて、表情は柔和だけどしっかりとした、そして基本的には明るいユーモアのある人柄という印象でした。
伯楽に出会えた夜でした。
素顔の玉さま (北京)
「団結」2002.4.4
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ある日の夕暮れ、家路を急ぐ人をたくさん乗せたバスが交差点でエンコしてしまいました。
ただでさえ一日で一番混雑する時間帯のアクシデントは、たちまち大渋滞を引き起こします。
バスから降ろされた乗客たちは、車掌の掛け声に従って力を合わせてバスを押し始めました。
えっちらおっちら、この道だけは渡ってしまおう。
バスを押す人の中には、不満そうな顔で押しているフリだけの女や、やけに楽しそうな学生、おれの出番だと言わんばかりに張り切っているおじさんがいたりと、意外な境遇の下で人々の反応や態度はさまざまです。
そうしているそばから、脇を通り抜けていく自転車がうらやましく見えたことでしょう。
えっちらおっちら、さあ、みんなで一致団結!
お月さまだって見ているよ。
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「ダンス」 2000.2.27
2000年3月にさしかかる今、北京でよく売れてるものといったら、さてなんでしょう。
それは、日本ではゲームセンターで大流行しているダンスゲームの家庭向けバージョンです。
火種は数千軒のパソコンショップの密集地帯・中関村です。
あっという間に広まったダンスゲームブームは、ディスコと縁のない庶民の血まで沸かせたようです。
デモンストレーションコーナーには人だかりができます。
よそで飛ぶように売れている様子を見た商店は本来は違うものを扱っているにも関わらず旬の商品を店頭に山積みしています。
ダンスゲームはこうして、まさに中国式普及を着実に遂げています。
ゲームはパソコンのプリンター端子につないで付属ソフトをインストールするだけ、曲は100曲以上ついています。
また、プレイステーション(北京ではPSといいます)版や、パソコンとプレステ両用や、直接テレビにつなぐだけというバージョンまででそろっているという心配りで、直接テレビにつなぐものは200元くらい、それ以外は100元以下という価格も手伝って、あっという間に新しいもの好きの北京っ子、おじさん、おばさんも巻き込んでのフィーバーとなりました。

安さの秘訣は、海賊版だから。
包装は違っても、中身はそっくり同じものが出回っています。
音楽も日本から持ち込まれたソフトのコピーのようです。
本物だろうとニセモノだろうと、大体同じ程度に楽しく遊べるならば安いほうを選択する消費者を責めることはできません、北京では。
北京にあるダンスゲームの大もとが日本で作られたことを知っていても、中国で作られたものがニセモノであるという認識には至りません。
実際に商店にあるものを買うだけなのです。
ところで、北京の住宅形態で大半を占めるのが団地型アパートです。
生活形態も多種多様になった現代、夜遅くでなくても階上でダンスゲームに興じる隣人を許せる人がどれほどいましょう。
このゲームによる騒音と振動による苦情はすでに出始めています。
知的所有権の意識が薄いことや、他人への配慮が欠けている点が問題をより増長しているようです。
それでも売れ続けるダンスゲーム。
しばらくは、北京の人たちが遊び飽きるを待ちましょうか。
我家のダンスゲームは、120曲入りのソフトつき、プレステ&パソコン両用可能で80元(1000円強)。
階下は無人なので、おもいっきり踊れます。
売れ筋商品 説明にも熱がはいる
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「チベット」 2000.5.11
2000年のGWは7連休。
この連休は、人民がレジャーで財布の紐をゆるめることを見込んだ消費刺激政策の一環ということです。
5月1日、連休初日の天安門広場は、まるで国家主催の催しに徴集されたかのように大勢の人民で埋め尽くされていました。
その日は、最高気温が30度近くまで上がり、ノースリーブにミニスカートの女性が闊歩し、アイスキャンデーが飛ぶように売れていたにもかかわらず、なぜか小さな子どもたちは、毛糸のズボン、セーターに包まれて、ほてった顔で我慢比べでもしているかのようでした。
さて、そのころ人民の影が足の踏み場もないほど敷き詰められた広場に隣接する中国革命博物館では、ふたつの展覧会が催されていました。
写真xizang:館内は撮影禁止
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一つは、「中国100の歴史」と、もう一つは「巨大中国チベット絵巻公開」です。
いずれの館内も、入場者がほとんどなく、涼しく静かで、別世界。
そう、チベット絵巻展示の会場は、まさに別世界でした。
縦2.5m、長さ618mという、チベット文化の伝承図は圧巻で、魅力的。
およそ400人に及ぶ絵師たちが4年がかりで描き上げたものは、チベット文化を語り継ぐにふさわしい芸術品であると同時に、現代中国がチベットへの理解を示すのにうってつけのプロパガンダのメディアであるともとらえることができます。
見ているうちに絵に溶け込んでしまいそうな不思議な空間をのぞいてみたい方は、6月8日まで北京・中国革命博物館へ、入場料は20元です。
もうへとへと---博物館の日陰で休憩
「筒井道隆」 2000.9.23
筒井道隆といえば、NHKの人気朝ドラ「私の青空」に登場した太陽君のお父さん
でボクサー役としておなじみの男優ですが、
その筒井道隆の初々しい笑顔を男性化粧品のパッケージに発見しました。
中国の男性用クリームのパッケージでは、野村宏伸が先輩にあたります。
いずれにしてもこんなところで化粧品のモデルに採用されてるとは、
当のご本人たちはご存知ないことでしょう。
どうも中国では、色白のお肌すべすべ系の男性が好まれていることを
うかがい知ることができる人選です。
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この男性用クリームは内館牧子さんが北京へいらした際にプレゼントさせていただきました。
いつかモデルご本人の手に渡る日がくるかも。 |
「蹄鉄(ていてつ)」2004.8.25
北京では道路や町並みを整備するための開発がどんどん進められていて、取り壊された建物の廃材を運ぶために荷馬車が使われることがあります。
これらの荷馬車も自動車や人と同じ道を通るのですが、交通量の少ない早朝などに限り通行を許可されています。
馬のひづめには、人が靴をはくように、蹄鉄がつけられています。
日本のHPで調べてみると蹄鉄には、金属製のもの、それも軽くて丈夫な物が使われているそうですが、この北京の馬の蹄鉄は、ちょっと違います。
素材は古いゴムのようです、しかも、U字型ではなくひづめの底が全部覆われていて、まるでゴムぞうりをはいているみたいです。
馬主のおじさんが、「パカパカ音が響かないし、アスファルトの道路を傷めることもないし、資源の再利用にもなるし、ウマいアイディアだべ」と言ったかどうか。
「トイレ」 1998.5.7
中国から帰国したばかりの旅行者が成田空港のトイレで
「あー、やっときれいなトイレに入れたわぁ。」
「トイレで息ができるわ。」
なんて言っているのを耳にしたことがあります。
海外へ行っていろいろなものを見、聞き、触って、食べて、そして、それらを評価する基準は、いつも自分のまわりにあるもの。
中国のトイレと言ったら、旅行したことがある日本人の間では結構話題の種にされています。
みんな知らず知らず日本のものと比べているようです。
北京空港のトイレは個室にペーパーが置いてありません。
一国家の首都国際空港のトイレに紙がないだとぉ!?
いえ、いえ、ないわけではありません。
個室に入る手前の壁にペーパーホルダーが付いていますので、まずそこで必要な分だけ取ってから各自用を足すようになっています。
この方式の利点は、手を洗ったあとにも紙で手を拭けるというところ。
ここの紙の品質は私の観察が正しければ、10年来変わっていません。
中国の水洗トイレには、必ず便器のそばに大きめのごみかごが置いてあります。
水溶性のトイレットペーパーがまだ普及していないので、詰まるのを防ぐために、使った紙は全てかごに捨てます。
先進国の外人が利用した後の水洗トイレは詰まりやすいわけです。
*さて、そのころ日本のホテルに泊まった中国人の陳さんは、
*うんちょの付いた紙でも、ごみ箱に捨ててしまうので
*ホテルのお掃除さんも、腰を抜かしていました。(実話)
私が中国に初めて来た1986年に万里の長城のトイレはまだ外人向けにできていませんでした。
全体がつやなしのタイル張りで、和式型便器のくみとり式でした。
大人が立った状態で胴部分だけを隠す扉がありましたが、
しゃがんで用足し中は丸見えという、意味のわからない扉でした。
バスで旅行に行くと、道端に煉瓦できた箱型の公共トイレを利用する機会が増えます。
ペンキで男厠、女厠と書きなぐってあるので、男女共用ではないことはわかります。
このタイプのトイレは誰が名づけたか「にいはおトイレ」と呼ばれるもので、地面に穴がポコポコとあいているのみ、または溝が一本掘られているだけというもので、仕切りも扉もありません。
シンプルイズベスト。
よって、顔を見合わせながらおトイレするので「にいはお!」トイレなのです。
穴式の場合、となりの人と肩を並べるだけで済むのですが、溝式になると前方にお尻が、後方に顔がくるわけでしてこれはちょっと慣れが必要です。
北京の街にも「にいはおトイレ」は健在です。
胡同と呼ばれる路地が入り組んだ地区には平屋建てが多く、下水処理施設が整っておらず各戸にトイレがあるとは限りません。
こういう所は、昼間は表の公共トイレを利用し、夜はおまるを使ってしのぎます。
夜も表のトイレへ行ってもいいのですが、照明がないところが多いので危険かな。
どぼん!
北京の国税局のトイレでは、しゃがもうとしたときに頭が扉にぶつかるので半歩後ろに下がって再度しゃがもうとしたら、今度は背後の壁タイルにお尻がすれてしまい思わずヒェッと声を上げてしまいました。
仕方がないので、結局また半歩前進し、扉を開けたまま済ませました。
毎日利用している人たちが扉を閉めないわけがここにあったのです。
仕事がらお役所周りが多いので各お役所でトイレを使わせてもらっていますが、どこも大差なくばっちいのが共通点です。
これも北京がオリンピック開催地に選ばれない理由になっているのかな。
北京郊外の旧跡を訪ねたときに農家のトイレを借りました。
ばあちゃんに着いていくと、家の裏手に葦簾(よしず)のようなもので囲まれた小さなスペースがあり、地面にはカメが埋め込まれています。
そのカメは浄化槽でもなんでもなく、人糞をむだなく再利用するために用意された、巨大おまるだったのです。
自然に貢献。
立ち退きに抵抗する一家 (北京)
「トイレ2」 2000.3.1
ある日、会社のトイレでの話です。
私を取り囲むようにビル掃除のおばちゃん5人が立ちふさがり、一斉にしかめっつらでケンケンと何かを訴え始めました。
「あんたんとこの日本人は、私らがトイレ掃除してるときにズカズカ入ってきて、平気でおしっこするから、恥ずかしくってしかたないよ。
今日だってさ、掃除中に入って来たから3人で奥の壁に向かって出ていくの待ってたんだから。
日本人の男ってのは、女の前でおしっこして平気なのかい?」
立てた人先指をシュッシュと振るしぐさでさらに私に迫ります。
「そんなことする男、このビルでたったひとりだよ。」
私が、まず驚いたのは、いつも扉を開けっ放しでおしっこしているおばちゃんたち本人の口から恥ずかしくって仕方ないというセリフを聞いたこと。
それから唖然としたのは、5人のおばちゃんたちを赤耳状態まで恥ずかしがらせた日本人男性が自分の身近にいたということ。
日本の公衆トイレで、お掃除のおばちゃんに出会ったときのことを思い起こしてみると、そこは掃除人のテリトリーという感が強くて、一旦掃除が始まると用を足す人はお借りしています的立場になることが多いもの。
用足しの最中の男性がいても掃除のおばちゃんだけは、まるで墓石と墓石の間の草むしりでもするかのように平気で消毒液を振り撒きにやってくる。(のだそうです。)
なお、利用者にしても入口に清掃中という立て札があってもガマンできずに入ってしまう人が少なくありません。
日本の掃除のおばちゃんは、男性が放尿していることを、ここはそういう場所だから、と割り切って仕事に励んでいるのではないでしょうか。
別に、日本人女性が中国人女性よりも男性の排泄行為を目の当たりにしても平気ということではありません。
もしも、恥ずかしがっていたら仕事にならないので、恥ずかしさに無感覚なふりをしながら、アサガオの周囲をサッサしているのではないでしょうか。
一方、この清掃方法に慣らされた日本男児をして中国のご夫人をはずかしがらせるに至ったことは、公衆便所清掃時における日本ならではの清掃人と利用者の心得を考え直す機会として生かさないわけにはいかないでしょう。
結局、5人のおばちゃんたちが私に言いたかったことは、
「あの日本人に、掃除中は入らないようにって言ってちょうだい。」
ということだったのですが、私にだって恥ずかしくて言えません。
そうだ、男同士なら言いやすいだろう、と同僚の中国人に話したところ、
「実は、おれもそうじのおばちゃんから、あの日本人に注意してくれって、言われたんだけど、言いにくいよ。だって、日本はそういうところなんでしょ?」
あー、どんどん日本のイメージが崩れていくぅ。
たかが、清掃中のおしっこ。
そうか、男でも中国人がだめなら、日本人ならどうだろう。
「えーーー、そんなこと言うのいやだよ。」
一蹴に伏されてしましました。
だれか猫の首に鈴をつけようというやつはおらんかね。
ある中国人社員がアイデアを提案しました。
「ビルからの通達で、清掃中におしっこしないようにっていうニセの通知を作って本人にも回覧したらどうでしょう。」
なるほど、ニセものを使うという発想が自然に沸いて出てくるなんて、国民性が現れたすばらしい案ではないですか。
よおし、この手でいこう。
「徳用品」 1998.9.26
北京の商店で多い商法に「買n個、送一個」というのがあります。
これは例えば、インスタントラーメンを3個買うと1個はただでもらえる。
食パンを1袋買うと、菓子パンが1個おまけ。
ドミノピザでは、ピザをひとつ頼むともうひとつプレゼント。
というサービス。
北京の物価ベースで、コカコーラ350ml缶が2.5元、1250mlボトルは6元。
ミネラルウォーター500mlが3元、5ガロン(約19リットル)だと15元。
同じものを一時に大量に買った場合、少量買うよりも単価が安くなります。
「たくさん買うならまけとくよ。」というのは、いわゆるひとつの商売の原則のようなものです。
一般に、「徳用品」とか「徳用サイズ」という言葉に弱い私のような客は、小さい方を買うのは損するような気がして、つい余分に買ってしまう。
さてと。
北京の水は硬質で、洗濯には粉せっけんよりも、水に溶けやすい液体洗剤が向いています。
「金魚印」の液体洗剤は500mlが、4.8元。
同じものが1000ml入りボトルになると、10.8元。
上述した商売の法則に当てはまらない、へそ曲がりな価格設定。
いわゆるひとつの......北京の不思議。
「年男年女」 2000.1.31
夏、白い涼しげな薄手のワンピースの下に、真っ赤なブラジャーやこれまた真っ赤な大型パンツが透けて見える若い女性を見かけたことが幾度となくあります。
また、白いノーアイロンYシャツの下になぜか真っ赤なシャツを着用している男性も。
百貨商店の下着売り場に行くと、真っ赤な下着、シャツ、パンツ、靴下、ズボン下などを売っているコーナーがあります。
中国人が赤を好むことはなんとなくわかるのですが、これは行き過ぎでしょう。
と思っていたら、赤色商品にはそれなりの理由がありました。
それは「年女年男」は、魔除けに赤いものを身に付けるという習わしです。
真っ赤なセーターを着ている男性を見たら、年男。
真っ赤なバッグを提げて靴をはいている女性は、年女。
この法則に気が付くと、町行く人の身に着けている「紅色」が楽しく見えます。
君たち年おんな、GOGO!僕たち年おとこ、GOGO!
日本では還暦に着る赤いちゃんちゃんこがこの風習の名残なのでしょうね。
「床屋」 1998.4.18
北京には床屋がたくさんあります。
折り畳みイス一つの青空床屋あり、高級ホテルの床屋あり値段もピンキリで、散髪が一回2元で済むところから300元のまでといろいろです。
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| 人気の床屋は列ができる |
私が好きなのは公営の大量客一気散髪型の店です。
比較的広いこのタイプの店は、当然訪れる客もあとを断たず、待ち合いソファーまたはベンチに順番待ちをする客は老若男女を問いません。
イスに座ると、希望の髪型を告げチョキチョキと切ってもらうだけ。
この時間は、あっという間です。
切り終わったら、希望があればシャンプー用の洗面台まで歩いて行き、流してもらいます。
シャンプーのあとは、タオルをもらって自分で髪のしずくを落とします。
ドライヤーはさらに別料金なので、乾かしてもらいたいときは「吹風」と言って頼むとセットまでしてくれます。
基本的には、日本と変わらないでしょう。
大きく違うのは料金かな。
私の場合、カット一回は4元、シャンプーは2元、ドライヤーが2元。
困ることは、なかなか思いどおりの髪型にならないこと。
店に用意してある髪型見本はとうてい参考にならないものばかり。
いままでに何軒かいきつけの店があったのですが、いずれも日本から持参したヘアースタイル集なるものをプレゼントしています。
毎回、その中から選んで指差すだけでいいのですから、言葉の問題もほぼ解決です。
それでも、うまく行かないときは(実は大抵そうなのですが)、「4元だから。」と割り切ることにします。
最近は、住まいのある4つ星ホテルでカットするようになりましたが、料金は18元。
できあがりは4元の店となんら変わりがありません。
「18元だから。」と割り切ることにしています。
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