「街角雑技」2002.10.31

あるレストランで、客もまばらになった夜半、手の空いた従業員たちが店の看板の化粧なおしを始めました。

最上段で文字テープをはがす人の足もとには、「きゃたつ」ではなく店のテーブルが3段重ねて積まれています。

観光客なら、
「さすが雑技の国は、レストランまで違うねぇ。パチパチパチ!」と歓声をあげてしまいそうな絶妙なバランスを見せています。

すぐ横にはテーブルに登るために使われる「きゃたつ」が手持ち無沙汰そうに立っています。

そんな「きゃたつ」の気持ちをよそに、平気で危険な作業をするレストランの店員たち。

料理の腕より、こっちの腕のほうが上だったりして。





「魔法のじゅうたん」 2000.6.28 (6/28 北京22:00)

北京には安くておいしいレストランが数ありますが、ときおり味もサービスもどうしようもなく劣る店に行きあたってしまうことがあります。

そんな中で、これは人に紹介できないと感じた店のひとつが「マジックカーペット」というアラビア料理の店です。

この店は、朝陽区の長虹橋東北角に位置するホテルの1階奥という非常に見つけにくい場所にあります。

私が訪れたのは午後6時半ごろでしたが、店の入口付近では串焼きの煙がもっともらしく立ちのぼり、おいしそうな気配をかもしだしていました。

店に入ると、壁に描かれているまんがチックなアラビアンナイトの絵がある以外、どこにもアラビックは物はなく、木目調の合板で埋め尽くされた安っぽい内装になっています。
その上、大きな音で流れる広東語の歌謡曲が下品さを増長し、さびれた店の持つ独特の雰囲気が清潔感を失わせています。

店内には数人の中国人がいましたが、どれが店員で客なのか区別がつきません。

最初に現れたウェイターにメニューを持ってくるよう頼んだところ、5分ほど待たされました。

次に、しわしわのユニフォームのウェイトレスが北京の店にしては珍しく飲料水の入ったコップをだまって出し、オーダーを聞きにきました。
メニューを見ると、その数は極端に少なく、値段は店の印象から比較すると高い設定です。
とりあえず、食べられそうなものから選ぶと、相変わらずだまっていたウェイトレスが「ありません」だの、「作れません」だのと微笑みながら答えるのです。

「それでは一体何が作れるの?」とイライラを押さえながら尋ねると、悪びれもせずに「これとか、これ」と指を指すので、その中から牛肉の料理を頼んだところ、ちょうど通りかかったコックに「これは作れる?」と聞いています。

その様子にあきれていると「この店は出たほうがいいかも」と、誰かがささやいたような気がしました。
するとそのとき、ウェイトレスの背後の床を巨大なゴキブリが走ったのです。

さきほどのささやきがこの黒いメッセンジャーボーイのものだったのか、私はとっさに「悪いけど、今日はやめとくわ。」と、席を立って店を出てきてしまいました。

客を逃したウェイトレスが踏むじたんだで何匹のゴキブリを退治できたでしょう。

残念でしたね。
もう、行きませんよ。



「マラソン警備隊」2001.10.17

市民参加のマラソン。

なにもこんなに物々しい警備をしなくてもいいと思うのだけれど。
一つの交差点に数十人の警察と公安が横断しようとする人々を制止していました。

あらかじめ道路情報を流してないので路線バスも立ち往生の大渋滞。

道端観戦からの声援は、「加油!(がんばれ!)」、ランナーはゴールを目指すのみ。





「ミエンディ」 1999.3.16 (今はなき面的タクシーに捧ぐ)

北京のタクシーは、車種のグレードによって料金が違います。
一番安かったのは、10元で10km走ることができる節約型。

「面的」、ミエンディという愛称を持つこの種のタクシーは、荷物も積める軽自動車で、日本の自動車会社が中国に進出して生産。
その後全国各地の国営工場で、そっくり車が作られ中国中を席捲しました。
まずは、タクシーとして利用がひろまったおかげで98年暮れまでの5年間は、北京の町が黄色いミエンディで染まって見えたと言ってもいいでしょう。

ところが、99年を迎え、庶民の足としてすっかり定着したミエンディに危機が訪れました。
ここ北京でもやっと環境問題がとりだたされるようになったとたん、生産業者は排気ガスの抑制装置を取り付ける義務を負い、すでにミエンディの所有者となっている場合は、各自が装置を購入設置に走りました。
さもないと検査で不合格の場合に、ナンバープレート没収の厳罰が与えられることになったのです。

このおふれは、中古ミエンディ車の廃車を促す効果にテキメンでした。
街を黄色に染めるほどいたミエンディを所有するタクシー会社は性能が悪いミエンディを改造するよりも、こぞって新車を買いに走りました。
そして、買われた新車はミエンディではなく、ワンランク上のシャーリーでした。
こうして黄色いミエンディの姿が北京からがくんと減り、赤いてんとう虫のようなシャーリーが走りまわることになりました。

話は少々ずれますが、北京にいる人の10人中9人が好物と言っても過言ではない羊肉の串焼きを焼いたときに出る煙が大気汚染の原因とされ、串焼き禁止令がでたとのうわさを聞きました。
もしも事実ならば、ヘビースモーカー天国の汚名を返上したほうが、ずっと中国のイメージアップになると思うのですけれど。

さて、話を戻し、ミエンディでは、中高級ホテルの表玄関へ乗りつけることができないことがあります。
ミエンディくんは、他のセダン型高級車とは違い、確かにぶかっこうで、それを運転する人の人相も悪いケースがあるのですが、それだけが理由ではないのでしょうね。

もともと中国製の自動車はほとんどが工場を出荷した時点で修理が必要なレベルの完成度。
中でも安価なミエンディは、タクシーとして毎日長距離を走るための性能を備えているとは思えません。
一年も走るとガタがきて、3年もたつとオンボロの仲間入りになってしまう。

どれくらいオンボロか。
例えば、ドアのガラスが走行中に落ちる、
スピードメーターが0から60kmの間をぱたぱた揺れている、
ドアを内側から押さえていないと開いてしまう、
予備に積んであるタイヤが客のイス代わり、
雨漏りする、
床の隙間から地面が見える、
自分で排出したガスが車内にたちこめるなど、など。

そう、ミエンディって北京テーマパークのアトラクションのだったんだ。






「未確認歩行物体 UWO」 2000.3.6

2000年3月1日、朝もやがまだ残る北京の町で、ある不思議な物体を目撃しました。

その物体は、人間がゆっくり歩く位の速さでちょっとフラフラしながら川沿いを進んでいました。
途中で、一息つくように歩みを止めたり、道路を横切ったりしながら、ずんずん東へと進んで行ったのです。

不思議な物体の周囲を行き来する人々は、まるでそれが目に入らぬ様子で歩いています。

物体の材質は、身近なものに例えると、発泡スチロールの梱包材に似ています。
さまざまな形や大きさの発泡スチロールが、人と等身大の磁石に吸い付いたまま固まってしまったようにも見えます。

いったいあの朝の歩行物体は何だったのか、確認されたという情報は入ってきていません。




「三つ星〜勝手に評価」 2000.7.20

北京にきたら東京にいたときには考えられない頻度でタクシーを利用するようになりました。
北京では、タクシーの車種によって料金が違うのですが、気持ちよく利用できるがどうかは料金とはまったく関係ないところで決まります。

私はタクシーに乗り込むと、まず運転手に「ニイハオ」と挨拶をします。
運転手によっては、にっこり振り向いて「ニイハオ」と応えてくれます。
愛想が悪い運転手は、ぶすっとしたまま「ニイハオなんて言うのは、どうせ外人だろ」と言わんばかりの無視の構えです。

この最初の一言で、運転手の気分を感じ取ることができますので、次に行き先を告げるときの参考にします。
親切そうだったり、機嫌がよさそうな運転手には、明るくブリッコしながら外人らしい発音で、「マイズディエン!」と言うと、「ハオレイ!」(=わかりました)と向かってくれます。

行き先がよくわからない運転手は、返事をせずにだまってスタートすることがあります。
客に言われた行き先を聞いて、知らない時に「知らない」と言える運転手は意外と少ないのが北京です。
そういう場合はこちらからヒントをあげます。
「シェラトンのところを東ね」、ここまでくれば大体が「ハオレイ!」と肯いてくれます。

機嫌の悪そうな運転手は、客の言った行き先がわかってもわからなくても返事をしません。
だまって運転をして目的地に到着して、最後の「慢走」(=お気をつけて)も言わないものです。

また、「機嫌が悪い」を通り越して、ただの「悪い運転手」というのもいます。
わざと遠回りをしたり、領収証を請求すると「チェッ」と舌を鳴らしたり、手持ちの釣り銭がないことを理由に釣りをねぎったり。

あまり悪質な運転手には、顔写真付きの乗務員証の番号がわかればセンターを通じておしおきしてもらうことができます。

ところが、いい運転手にはセンターが何かをしてくれるような制度があるとは聞いたことがありません。

そこで、私がセンターに代わってタクシーの評価をつけてみることにしました。

評価は、
1.乗車、下車時のあいさつと、行き先確認ができたか
2.社内が清潔か、客を乗せている間たばこを吸わなかったか
3.安全運転だったか、領収書発行をしぶらなかったか、クーラーが効いていたか、など。



「廟会Miaohui2003」2003.02.03  
その他の写真

2003年2月1日、多くの職場が春節休暇に突入して、北京は人影もまばらな全く別の街に変身してしまいました。
みんないったいどこへ行ってしまったのでしょう。

中国の全国的休日「春節」は、都市によって多少の差があるものの、春節をまたいだ約2週間は、地方出身者のほとんどが帰郷してしまい、首都北京ですら残っているのは地元の人たちばかりです。
5月の労働節や10月の国慶節とは季節柄、観光旅行など遠方に出かけることもなく、寝正月で過ごす人が圧倒的に多いと聞いています。

そんな北京の春節で庶民の暇つぶしといえば、せいぜいショッピングか廟会(Miaohui)という縁日にでも出かけること。

廟会の会場となる寺や公園には、日本の初詣のように、新年を迎え家族の健康や家内安全、商売繁盛などを祈念する場もありますが、一般的には出店が並ぶ縁日のイメージが強く、近場で安あがりに楽しめるため、老若男女を問わず人が集まります。

その廟会の会場のひとつである朝陽門にある東岳廟は、道教のお寺で毎年廟会が催されます。
普段は10元の入場料が高すぎるとりたてて見所のない、閑散とした寺ですが、春節だけは別です。
赤いちょうちんで飾りたてられた境内のあちこちには、大道芸人や地元の有志が披露する素朴でこっけいな芸を囲んで人垣ができます。

その中で今年、ひときは注目を集めたのが、河南省からやってきた「みこしのパレード」です。
人形のようにジッと立っている女の子 みこしには、孫悟空など物語の登場人物に扮した子供が乗り、担ぎ手はその親たちです。
まるでからくり人形そっくりのかわいらしいみこしの行列は廟会をさらににぎやかに盛り上げていました。

みこしの上の子供たちは、地上から2〜3mはある高さに掲げられたパイプの先や、生きた鶏の背に直立不動で立っているかのように見せるため、身体をみこしに固定されて、身動きがとれないようになっています。

見たところみな5才程度の幼子ばかりですが、自分の使命を理解し、みこしを囲んだ群集を前に振り付けをこなす姿にはプロ根性すら感じます。

河南省の春節行事が北京に出稼ぎに来てしまって、本場ではさぞかしさみしい年越しとなったのではないでしょうか。


見えるかな?白いねずみが真中にいるよ
これも人気、はつかねずみを使った芸。見ている人が楽しそう。






「目印」2001.6.6

とある歩道橋のステップのふもとに「ここに歩道橋があります」といわんばかりの標識が立ちました。
目印がないと気づかずに通り過ぎてしまうほど目立たない歩道橋には見えませんけれど。
これは正しい目印の使い方


「めっけもん10元」2001.10.8

かわいい大人用の靴 一足10元はめっけもん


呼家楼自由市場



「めっけもん10元その2」2002.2.6

鮭おにぎり弁当+みそ汁 10元

これはめっけもんです。






「もくろみ」 1999.4.26

地方から上京したある男、その名も「北京で成功する」という意の王京成。
もちろん偽名である。

北京の西に位置するある街で、空き家を年間11万元で借り、人材センターから7人を採用した。
会社印、看板を作って、内装をして、あとは開業するばかり。

彼の計算では、2ヶ月間で3000万元(約4億5000万円)が手に入るもくろみである。
ところが、開店当日、地元の警察にあっさりと捕まってしまった。

さて、彼のやろうとしていた商売とは、いったい?

答えは、銀行である。

もちろん、会社印、証書、看板すべてがニセモノ。
掲げた看板には、中国**銀行万寿路出張所とあったそうな。

けっこうマジだったのね。


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