か
「回転寿司」2001.6.24
北京の回転寿司一号店が開店して久しくなりますが、その人気はすっかり安定したようです。
この店で回転している皿に載っているのは、寿司以外にも枝豆や人形焼、フルーツなど。
ほしい商品そのものが面前に現れたらその皿を取り上げるだけでよいというわかりやすいシステムは、北京っ子にも受けいれられました。
客はもちろんほとんどが中国人ですが、どの人も申し合わせたかのように小皿になみなみと醤油を注ぎ、醤油がどろどろになるほどわさびを加えた「ソース」を作り、寿司を浸しては食しています。
北京の寿司ねたでもっともポピュラーなのは三文魚と呼ばれるサーモンで、日本で一般的なマグロにはあまりお目にかかりません。
北京に長いこといると、油ののったサーモン寿司がトロの代用品のようにおいしいと感じるようになってしまいました。
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| 5元いなりずし、かっぱまきなど。その他ほとんどが8元。16元はイクラ、ホタテ、22元はキャビア。 |
「革命」2002.8.2
こちらの写真、まるで馬糞の香りが漂ってきそうな田園風景のようですが、実は北京市街の幹線道路・東三環路沿いの古い工場で、解体された建屋の残骸を片付けている様子です。
崩れたレンガが一面に散らばる敷地で、馬車馬が拾い集められたレンガを運ぶ仕事の合間に、餌をほおばっています。
この創造の過程でもある破壊の現場に、かつてこの地に「革命時代」があった名残を見つけました。
あいにくはっきりと見えませんが、背景の旧工場の外壁に、「為革命○ 為革命× 為革命**」といった、革命時代に労働者に向けて書かれた勤労奨励と思われるスローガンが見えます。
今は2008年オリンピックへ向けた緑化推進という革命が、北京の街に逆巻いています。
北京五輪のあと、緑の革命はどんな革命に姿を変えていくことでしょう。
「ガッチャマン」2001.8.2
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美人の条件のひとつ「色が白いは七難隠す」が、ここ北京では「百難隠す」と言われるそうです。
朝から照りつける日差しの下、自転車通勤の女性たちの美肌を守る必需品は、つばの大きな帽子と日よけ用ストールです。
このストールの両はしには両手の指にひっかける紐がついていて、首の前で身体に固定するためにひもを結ぶようになっています。
通勤ラッシュの時間帯、路上には日よけストールをなびかせるガッチャマンスタイルの女性たちが現れます。
まるでみんな申し合わせたかのように同じいでたちでさっそうと職場に向かう彼女たち。
飛べ!飛べ飛べ!ガッチャマン!
←お色気モモ割れガッチャ |
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| ガッチャ後姿 |
ハイヒールガッチャ |
ミニスカガッチャ |
よりみちガッチャ |
「カバー」 2000.3.5
世の中、○○カバーと呼ばれているものがたくさんありますが、電話カバーやティッシュカバーが実在する様子を見ると日本人のカバー好きは明らかですが、北京にもカバー好きが結構いるようです。
お土産にもってこいの刺繍のテーブルクロスを扱っている外国人が良く足を運ぶ店にはいろいろなカバー類が揃っています。
ベッドカバー、クッションカバー、花瓶敷きなど。
一方、町の百貨商店は、寝具売場で各種カバーを扱っていることが多いのですが、テレビカバー、ミシンカバー、冷蔵庫カバーに炊飯器カバー、電子レンジカバーなど、微妙な大きさ、形に合わせて名を変えることでバラエティ感をかもし出しています。
カバーは、ほこりよけの役を果たすことから、電化製品にカバーをかけることは物を大切にする気持ちの表れであって、ほこりっぽい北京に向いている習慣と言えます。
寝具売り場に必ずあるカバーに「ソファカバー」がありますが、それはいわゆる普通のバスタオルまたは、タオルケットです。
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店でソファカバーとして売られているのですから、どうりで、中国人の家庭に行くとバスタオルを掛けたソファがあったり、よれたタオルケットを敷いたタクシーに乗ることになったりするわけです。
こういう風に北京では、タオルはカバーとしての一面を見せて活躍しています。
また、北京ではインスタント粉飲料の空き瓶を携帯ポットに利用している人を、至るところで見かけますが、その瓶専用毛糸の手編み製カバーさえ商品として販売されています。
熱湯を注いだときに持つ手が熱くなく、手提げがついて携帯にも便利というわけです。
そして、枕には枕カバー。
北京では枕カバーとは別に「枕掛け」という枕面積に相当するタオル製のカバーが売られています。
枕に普通のタオルをかければ済むと思うのですが、どこの店でも「枕掛け」という商品区分があって、タオルと枕掛けでは値段も後者のほうが高くなっています。
ちなみに枕をすっぽり包むピローケースは置いてなくても、枕掛けは売っているという店が一般です。
この枕掛けは、寝具をベッドの上にきちんと畳んだとき一番上に掛けられて、昼間、布団が待機状態のときのカバーになります。
そのために、刺繍がほどこしてあったり、色柄が派手目なものが多くなっているようです。
ところで、1999年〜2000年にかけて冬に大流行したカバーが、自動車のハンドルカバー。
手触りモコモコのぬいぐみ風感触が、北京の運転手の間で大受けして、タクシーやマイカーのハンドルを一斉に飾りました。
「寒い冬にぬくもり感がある 豪華にみえる」という長所と
「ハンドルが太くなって操作しにくい」という短所を備えたハンドルカバーです。
まったく何が流行るかわからない北京市場ですが、このハンドルカバーで大もうけした中国人は、今ごろベンツに乗ってトラ皮のハンドルカバーでもつけているのかしら。

モコモコが手になじむころはもう春
「壁の穴」2004.8.2
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昼、レンガ模様の壁紙でカモフラージュされたトタンの扉。
レンガの塀と一体化していて、そこに扉があるなんて、誰も気付かない。
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ひとたび夜になると、開いた扉の奥に忽然と現われるレストラン。
東京のどこかにも「壁の穴」というすてきなお店があったっけ。 |
| ●壁の穴 : http://www.kabenoana.com/ |
「カラオケ」 2000.6.18
カラオケは北京にいても日本人の間で一般的な娯楽のひとつですが、カラオケ店がすなわち「お姉さんたち」がスタンバイしている店を指している場合が多いため、そういう店に女性客が足を踏み入れてしまうと怪訝な目線を浴びること必至です。
それまで無心になってお姉さんとじゃれていた日本人男性客が、「げ、日本人の女が来てる」と気づいたとたんおとなしくなってしまっては、こちらも居心地が悪くて仕方ありません。
こういう事態を避けるために、お姉さんのいるカラオケとそうではないカラオケが用意されてしかるべきなわけで、北京にも純粋に歌を楽しむ人のためにカラオケBOXが増えてきました。
ただし、これまでは暗くて汚くて、店構えを見ただけで足を踏み入れる気になれないという店ばかりです。
そんな状態が長く続いた北京カラオケ事情でしたが、意識改革が進んできているようです。
最新型のカラオケ店は、施設を明るく清潔にし、設備を充実させ、飲食のサービスも行き届いていて、安心して遊べる空間が作られています。
先日開店したばかりの韓国系カラオケ店には、中国語はもちろんですが日本語、韓国語の歌も用意されていて、部屋数は数十というスケールながら、10人部屋で1時間あたり50元という庶民的な料金のためか、連日満室に近いにぎわいをみせています。
たまにはお姉さん抜きもいいんじゃない。

最新鋭のカラオケ機
「カラス」2004.9.13
北京に何年も住んでいますが、カラスの声を聞いたこともないし、見かけたこともなく、見たことがあるという人にも会ったことがありませんでしたので、北京には、黒くて「カァ」と鳴くカラスはいないものと思っていました。
一方、雀やカササギはしょっちゅう見かけることができ、特にカササギの「ケケケ」という泣き声は、縁起がよいとされて人々に親しまれています。
ある日の夕昏時、窓の外から「カァ」という声が聞こえました。
まさかと思い、ベランダに出てみると、隣のビルの屋上に黒くて大きな鳥がきょろきょろしながら羽を休めているではありませんか。
東京のカラスよりも小ぶりですが、まさにカラスに違いありません。
北京で初めて見たカラスです。
「がれき」2001.6.24
トレーディングセンター(国際貿易中心)周辺では最先端のビジネス街への大改造が進められています。
開発地区では、それまで使用されてきた建物を壊す際に、まるで爆撃を受けた戦地を思わせるような姿をさらすことがあります。
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| ドッカーン |
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今はがれきと化したビルが、いつしかかっこいい北京の一部に生まれ変わる計画です。
「看板広告」2001.11.15
ここ3年ほどの間に、北京のビルの屋上に大きな看板広告が目立つようになりました。
建国50周年の行事が催された際には、看板広告やネオンサインは北京の景観をそこねるという理由で一部が撤去されたことすらありましたが、そんな経緯などすっかり忘れ去られてしまいました。
空いている場所を貸すだけで広告収入が得られる、こんなに簡単な商売を逃すまいと、町中が看板だらけになっています。
北京では、屋外に看板や広告を置く場合、必ず各種役所(工商局、市政管理委員会、町内会など)の許可が必要で、商標や図柄、色大きさの審査があり、照明の取り付けが義務付けられるなど、細かい規制にのっとることになっています。
また、看板制作会社は屋外専門の業者でなくてはならず、広告は広告業者を通さずに載せることはなりません。
利権の集約によって、広告業の繁栄が支えられているのです。
とうとう眼科治療で著名な病院までが広告主募集の看板を用意しました。
ここにはどんな広告が掲げられるのでしょう。
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| 「招商」とは、広告主募集の意味 |
き
「記念切手」 2000.1.16
北京に留学生として暮らしていたころ、日本への通信手段として一番利用したのが郵便でした。
まめに郵便局へ通い、記念切手を専門に扱うの窓口のおじさんからなるべく珍しい切手を買っては、AIR
MAILに貼って送ったものです。
北京では、記念切手は予約販売制になっていて、発売から一ヶ月を経過して売れ残ったものは誰でも購入できますが、欲しいものが必ず入手できるとは限りません。
また、切手市場へ行けば大抵のものは扱われていますが、額面よりも高い金額で購入せざるを得なくなります。
ですので、確実に安く記念切手を集めるためには予約購入がベスト。
ところが、その予約についての情報というのが、マニアにとっては常識でも、それ以外の人には全く知る余地のない類の情報なのです。
郵便局へフラっと行って問い合わせたところで、「11月になったら出直せ」と言われるのがおち。
というのも、予約販売についての時期や方法は、毎年11月頃に記念切手を取り扱う郵便局でだけ掲示されることになっていて、それまでは、来年度発行切手の予約時期は局員すらわからないのです。
ということで、もしも、今(1月)郵便局へ行ったとしても今年の記念切手の予約購入はできません。
11月以降に開始する2001年度の予約受付けを待つことになります。
予約購入方法は、身分証明を提示して、年間発行予定の切手額面相当を前払い(99年度は150元)し、予約カードを発行してもらいます。
発行日は、ほとんど毎月郵便局の黒板などに通知がでますので、各自チェックしておき、かならず予約カード発行の郵便局へカードを持参して、切手をもらいます。
記念切手が年間予定よりも多く発行された場合は、調整のために追加料金を支払い、少なく発行された場合は、返還されることになっています。
ちなみに、99年は25.3元のオーバーでした。
なお注意すべきは、年間途中で予約カード発行の郵便局から遠いところへ転居した場合です。
予約カードは一郵便局のみ有効で、カード発行局以外では切手を受け取ることができませんし、受け取り局を変更することも許されません。
どんなに遠くても、月に一度は指定郵便局に足を運ばないとならないのです。
もしも、転居が年初で当年分を一回も受け取っていない場合は、翌年1月に一回行くだけで、一年分をまとめてもらうことができます。
一年間集めた切手は、豪華な専用アルバムに収められます。
もちろんアルバムは、別料金。
1999年は国家記念行事が目白押しでしたので、切手もご立派。
集めた甲斐があったというものです。
ひとりで見返しては、ニンマリです。
なんと額面50元の記念切手
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「きぼう」2002.3.16
今どき、ちっとも珍しくない北京の日本ブランドのニセ物グッズです。
どうせ、かすれて書けやしないだろうという予想に反して、ちゃんと使えましたけど、「太−細」となっている両端のペン先の太さの差はほとんどありません。
バーコードはそのままコピーしたようで、日本製を意味する表示になっていますが、使えるのであればどこで作られたものだろうとあまり問題にならないのでしょう。
こうして安物のニセ物でも品質の向上が進んでいくと、いつか本物の「世界の工場」になる日が来るかもしれないという声も聞こえます。
ますます脅かされる日本の製造業だけど、希望は捨てないでほしい。
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| 呼家楼市場にて1.5元 |
「きりこ」 2000.3.26
[お店ご紹介]
大連で作られている切子工芸品が北京にいても手に入ります。
さかずき、グラス、小皿や花瓶など、高級品とは言えないけれど、使ってよしプレゼントによしのかわいい切子グッズが並ぶのは、大連順和礼品商行北京分店。
お値段は1個10元程度から。
一個一個が手作りで品質はバラバラですので、気にする方はやめておくか、時間をかけて選ぶこをおすすめします。
また、「贈答用に包んでちょうだい」はできませんのでラッピングはご自分でどうぞ。
場所は、東苑公寓を北へ300mほど行ったところにある東方撮影室という写真店の中。「切子」の張り紙が目印です。
営業時間は、AM9:00〜PM6:00ですが、店主の龍偉(Long
Wei)さんが不在のときも多いので、電話予約をいれるとよいかも。
BP機:64663311呼3758です。
ちなみに「北京あいうえお」888番目のお客さまへのラッキープレゼントは、切り子細工のさかずきペアセットです。
店内にはかわいいグラスが並ぶ
「金玉指美容院」2001.8.20
| 東四の付近、十条交差点にあります。 |
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く
「空港」2000.5.21
北京新空港が開港して早半年、まだピカピカ感が充満するきれいな空港ビルです。
ところで、最上階にある商店街は閑散としていて、テナントスペースの半分くらいは空室。

オープンからたった半年で、すでに引き上げた跡がある店舗が目を引きます。
開港当時のにぎわいが戻るのはいつになることでしょう。
「黒社会2」2001.1.3
弊社社員の欣欣から聞いたニュースによると、安いことを売り物にした粗悪品の練炭が流通しているそうです。
よく燃えないとか、すすが異常に発生するなどの問題が起きるため、工商局が練炭売りの取り締まりを強化しました。
運んでいる人たちよりも製造現場を摘発すべきだと思うのですが。。。
「黒社会」2001.1.1
練炭の使用が大気汚染対策で規制されているためか、それを運ぶ人の姿を見かける機会が以前よりも少なくなってきました。
練炭売りは、ススにまみれてまっ黒けになる仕事です。
北京の人たちは、このように汚れるような仕事に就きたがりません。
だから、北京で練炭を運んでいるのは、主に地方から出稼ぎにきている人たち。

中国では、いわゆる堅気の人ではない筋の人たちを「黒社会」と呼びますが、真っ黒になって練炭を運ぶ人たちに「黒社会」とあだ名をつけたのは北京の人。
あまりうれしくないあだ名です。
け
「毛」 1999.8.27
北京では、街を歩いているだけで「毛」という字を意外な場所で見かけます。
姓として毛と言えばここは中国、もちろん毛沢東ですね。
毛沢東のふるさと湖南料理を扱うレストランは、「毛家菜」という看板を掲げて、かの毛主席が好んだ料理がここで食べられますよ、とお客を誘います。
ビールのおつまみに定番の枝豆は、北京でも同じ役について夏の間中大活躍します。
中国では、見ての通り「毛豆」と言われます。
四川料理の店のメニューには風変わりなものが多いのですが、名前を見ただけでぞっとするのが「毛血旺」という料理。
あひるの血と唐辛子を使った特別に辛い料理だそうです。
手を拭くときのタオルは「毛巾」といいます。
さらしの手ぬぐいに対してふっくらした肌触りからこの名が付いたのでしょうか。
ちなみにタオルケットは「毛巾被」。
文字としてはあまり見かけませんが、しょっちゅう耳にするのは「毛病」。
故障という意味をもつこの言葉は、至るところで登場します。
日本では、土用のうなぎを食して精をつけるという習慣がありますが、北京の自由市場に行くと、特に女性たちが夏バテ解消のために「毛蛋」の立ち食いをしています。
「蛋」というのは、たまご。
「鶏蛋」といえば鶏卵のことです。
では、「毛蛋」とは。
鶏のひなが殻を割る寸前まで成長した時点でゆで卵にしたものです。
ゆで卵の殻を剥くと、うっすら残った黄身と一緒にくちばしや羽毛、半球型した目を包むまぶたが現れます。
これに塩やこしょうや唐辛子など好みのスパイスをつけてかぶりつきます。
日本の女性が、クレープやらティラミスやらをぱくついている間も、中国女性は「毛蛋」をチュルチュルしていたのです。
「激突」 1999.8.27
北京駅の北側に、ここ5年ほどのに建てられたインテリジェントビルがそびえ立つ地区があります。
いずれのビルも地下に駐車場を擁して、現代中国の自動車社会に適応せんと成りをきめています。
さて、とあるかっこいいオフィスビルができたてのころ、そのビルの地下駐車場の入口は、乗用車一台がやっと通るほどの幅で、その幅を保って地下へ降りるスロープが伸びています。
そのスロープというのがすべり台級の角度でかつ非常に短い。
その上、スロープを降りきったところは、左に向かって直角に曲がるようにできていながら、通路幅は相変わらず車幅きちきち。
要するに、進入した自動車は必ず正面のコンクリートの壁に激突するような作りになっていたのです。
インテリジェントビルの地下駐車場を作っている現場の人たちのほとんどは、地下駐車場など利用したことがなかったのでしょう。
そんな彼らの手にかかったら激突駐車場が出来上がっていたということ。
とあるホテルの中庭に、子供のヒップ幅に合ったすべり台が放置されています。
すべり降りる部分がそれはすべりの悪そうな花崗岩のタイル張りでできていて、まっさかさまに近い急傾斜になっています。
きっと、すべり台で遊んだことがない人が作ったのでしょう。
「ケン石井」2002.4.17
有名DJケン石井が超満員の"Vogue"でテクノの爆音生パフォーマンスを披露しました。
先にヨーロッパで成功をおさめてから、日本でその名を馳せたDJの第一人者の登場に、踊るだけでなくテクニックを盗もうと真剣に集うファンも少なくありません。
テクノをバックに踊る場合、ビートに合わせて体を動かすので、メロディやリズムに乗って踊るのとは違います。
ちょうど土人の太鼓とダンスの取り合わせにも似て、非常に原始的で人間の感性に直接響きます。
だから誰も決まった動きを見せるわけではなく自由に体を動かしているので、タコ踊りもいればただぴょんぴょんと跳ねているのもいるし、パラパラをやっている人もいますが、それもまた、OK。
夜10時〜翌朝6時予定のイベントでしたが、ピークを迎えるころ店内は踊り狂う客で芋洗い状態でした。
店の外は熱気を逃れて路上にたむろする客があふれ、客待ちタクシー十数台が道いっぱいに停車するという真夜中とは思えない奇妙な光景でした。
wenwenは昼寝でパワーを蓄えて、深夜1時から3時まで紛れ込んでから帰宅しましたが、その後店は、公安に踏み込まれてめちゃくちゃになったそうです。
(理由は不明 ヘイさま経由田鶏さん情報)
次回もまた行かなきゃ。
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| まるで楽器をひくような指の動き |
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| 石井さんがレコードを交換しているところをねらってサインをおねだり |
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「検査」 2000.1.31
北京でポケーっと暮らしていると自分が中国にいることなど感じなくなってしまうときがあるのですが、実はその油断を突くかのように社会主義国であることを思いださせるあること、それが「検査」です。
河南省洛陽という町に泊まったときのことです。
夜行列車が洛陽駅に到着したのが闇も明けきれない早朝。
駅前のホテルにチェックインして、仮眠をとっていると、部屋の外でバタン、バタンとドアを開け閉めする音が、夢の奥の方から聞こえてきました。
しばらくして、ドアのノブをこじ開ける音と気配を感じたとたん、鍵の束を片手に女性服務員が私たちの部屋にズカズカと入ってきたのです。
眠気が一気に吹き飛びました。
何か緊急事態でも起きたのではないかとベッドの上で体が硬くなりました。
すると服務員は我々など目に入らぬ様子で空に向かって一言、「検査!」と叫んでから、部屋を見回すと軍人のような所作で向きを変え、夢の中で聞こえていたのと同じ「バタン」という響きを残して部屋を出て行きました。
北京で就業ビザをもって仕事につく外国人は、就業証の手続きのために指定の検疫所で身体検査を受けることが義務づけられています。
一人当たり600元あまりを払って問診、レントゲン、血液検査など、さらっと一通りの検査を受けますが、このレントゲンの検査結果で異常が見つかることはまずありません。
検査室に入ると、よれよれ白衣の担当医がかったるそうに「そこに立って、腕を上げて」と指示をするので検査を受ける側は、言われた通りに機械をだっこして、X線照射を受ける「ふり」をします。
なぜそれを「ふり」と言うのかといえば、検査は服を着たまま行われ、照射室と廊下や操作室の扉が開いたままの状況をみて自然と思ってしまうことなのです。
その上、部屋にはフィルムも見当たりませんでした。
少なくとも私が検査を受けたときは。
検疫所の検査項目でもっとも真剣に行われているのは、血液検査です。
血液検査で判別できるような伝染病を持ってくる外人だけはごめんだけど、あとはまあいいや、ということでしょうか。
私の働くオフィスビルでは、連休前になるとビルの管理部職員が部屋の整理整頓具合を検査に回ります。
電気コードが床に見苦しくからんでいたり、コンセントの近くに燃えやすいものが放置してあったり、戸締まりがルーズだったりすると注意を受けることになっています。
検査職員たちのうち、ひとりは評価表持参でその場でピッピと、チェックをつけていきます。
テナントには、この検査を拒む権利を与えられていません。
指導を受けたら直ちに改善したり、その姿勢を見せたりしておき、最後はなぜか「謝謝。」と送り出すのが習慣です。
ビル全体の検査が終わると、評価表の結果からワースト3の店子が選ばれ、ビル内の「みんなの掲示板」で部屋番号を発表されます。
貼り出された方はとても恥ずかしいはずです。
その分貼り出す方は気分がいいようです。
この検査がビルの安全管理に役立っているならば誰かさんに恥をかいてもらってもいいかな。
北京市街東地区、麦子店という外国人が多く住む地区があります。
この地名を聞くと日本人のおじさんの中には
=(イコール)ハコブネ賓館を連想するくらい、ある方面では有名な地域でもあります。
夜、ほとんどの商店が明かりを消した時間に、この辺りを男女で歩いていると「治安」と書いた腕章をつけたおじさんに呼び止められます。
「治安」さんは、夜目が鍛えられていて、タクシーに乗った男女をも見逃さずに、車を止めて尋問をします。
「チミ達、どこ行くの?えっ?龍宝?身分証明書出して。。。(居留証の写真と本人を比べ見て)日本人ね。そっちの女性は中国人でしょ。えっ?日本人?いいから身分証明書!。。。(居留証の写真と私の顔を見比べてから)ちぇ。」
そういうあんたこそ、身分証明書、見せてもうらおうか。
こ
「広告」 2000.5.7
北京はここ数年看板広告のラッシュです。
ありとあらゆる建築物の屋上や屋根、外壁に大きな看板広告が掲がるようになり、街の景観も変貌しました。
目抜き通りに大きな看板を持つある広告代理店は、看板ひとつの広告収入が年間1億円というのですから、これを知った中国人たちがこの商売を見逃すはずはありません。
北京では以前、張り紙広告が多く存在しました。
街頭の筒型広告塔に、わら半紙の広告がペタペタと貼られていて、内容は求人、求職、家電や水まわりの修理、物々交換から、セールスまで、各種広告が張り出されていたものでした。
その後、まるで広告業解禁と時期を同じくするように、この類の広告塔は、すっかり姿を消してしまいました。
安上がりで、便利な張り紙広告は、事実上登場の場を失ったのです。
ところが、張り紙広告には、場所をとらない選ばないという利点があります。そのため、絶滅するどころか、隙あらばところ構わず繁殖していくのがこの種の広告が生き延びていくための術なのです。
わしゃ、ただのオレンジ売り
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そして、なぜか生き延びた張り紙広告に目立つのが、性病治療と機能回復の広告。
性の病に悩む中国人が、そんなにたくさんいるということなのでしょうか。
はり治療によるらしい
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「黄砂2002」2002.3.20
「高所平気症」 2000.4.2
3月のある朝、出勤前の身支度で忙しいときに窓の外に目をやると、一人の男による危険なショーがくり広げられていました。
そのショーとは、命綱なしで建築現場に立てられた鉄骨運搬用クレーンの先に赤い小さな旗をくくりつけてくるという無謀な企画でした。
北京特有、春の強風が吹き荒ぶ中(当日は5〜6級の強風)、地上13階相当の高さに鉄骨のはしごが飛び込み台のように突き出ています。
風で旗めく赤い布を手にした男は、自分のいる場所など気にしていない様子で、下をのぞきこむようなしぐさをしたり、両手を手すりから離したりと、観客を喜ばせるような振りつけを一通りこなしつつ旗を設置すると、クレーンの移動部分に乗って無事に空中に突き出たはしごの支柱へ戻っていきました。
ブラボー!満場拍手喝采!
といっても、多分見ていたのは我が家の二人とクレーンの操作員だけ。
彼はいったい、本職のサーカス員か、ただの命知らずのパッパラパーか、いずれにしても高所平気症に違いありません。
この日の2日前に、北京の某建築現場の高所にいた作業員が強風に吹かれて落下し、3名が死亡したというニュースが報道され、建築現場の安全管理が問われていた矢先でした。
大きな建築現場にうごめく小虫のように働く地方出身の作業員たち、その命がまるで虫のように扱われているかのようではないですか。
ところが、クレーンの位置をよく見ると、もしも彼が落下した場合、下を流れる亮馬河に落ちるように向けられていました。
怪我はしても死にはしないとのささやかな配慮の上で命がけの作業をしていたようです。
このようなショーが私たちの気づかないところで日々くり広げられている北京です。
「香水」2002.4.25
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金玉&銀玉香水セット
どんな香り?
北京のお土産にいかが?
北京友誼商店1階 |
「コップ」2000.6.12
(6/12 北京2055)
ジュースを飲むのに最適なストロー一体型コップを発見。
「股あきパンスト」同様、これを発明たした人は、合理化好きか、それともただのものぐさでしょうか。

使ってみると意外に便利。2.5元。
「粉ジュース」 1998.5.29
日本にはあまりないけど、北京にはいっぱいあるもののひとつに、粉飲料があります。
適量の粉をコップに入れて水やお湯で溶かして飲むものです。
冬は、黒ごま、ココナッツミルク、アズキ、緑豆やピーナツなど、おしるこ系で身体を暖めて、お腹もふくれるもの。
夏は、オレンジ、パイン、ぶどうやマンゴーなどさわやかなフルーツ系が多く出回ります。
袋に印刷されている作り方の説明通りに薄めるとおいしくできるはずなのですが、たいていの中国人の家庭で出されるのは薄めすぎて、喉が渇いてない時に飲むポカリスエットみたいです。
我家では、粉ジュースを飲む習慣がなく、夏は100%ジュースを愛飲しています。
ある暑い日、中国人の友人に100%ジュースを出したところ一口飲んでから、「水道はどこ?」と言うので教えるとせっかくの100%オレンジジュースにコップ半分の水を足してしまいました。
そして「あー、これでちょうどいい。」と言いながら、満足そうに飲み干したのです。
次回から彼には薄めの粉ジュースを出そう。
「婚礼写真」 1998.8.24
結婚3年目を迎える知人の家に招かれたとき、居間にウェディングドレス姿の美女のポスターが貼ってありました。
ポスターのモデルは招待してくれたご本人であります。
一生一代の晴れ姿を記念写真に納めるのは中国に限るわけではありませんが、被写体に修正が加わりすぎて別人になってしまった写真をポスターにして貼っているは、やはり中国っぽいかな。
新郎新婦のロマンティックな思い出のために、そう、かのデビッドハミルトンのタッチで、かつて、一世を風靡したルミ子&賢也の
愛のセレビレーションが聞こえてきそうな写真集まで作ってしまう彼女たち。
そして、スイートホームに招かれた客人は、ピンクのハート型クッションを背にあて、お茶っ葉に直接熱い湯を注いだ湯飲みを片手に二人の甘い愛の報告書のごときそれらの写真集を時間をかけて隅から隅まで目を通し、美辞麗句の感想を述べるしかけになっているのです。
これらお写真の値段が半端じゃない。
半年分くらいのお給料をかけてしまう人もいるというのですからやっぱり、できるだけ多くの人に見てもらわないと割りが合わないのでしょうね。
北京あいうえお
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