「アイスキャンデー」 2000.5.24 (5/24 北京22:01)
汗ばむシーズンを迎えたとたんに、北京で爆発的に売れ始めたアイスキャンデーがあります。
その名を「天冰大果」といい、見た目はオレンジ色の厚手のコップ型の氷菓子ですが、中にはたっぷりとバニラクリームが詰まっています。

この商品の魅力は、オレンジフロートを味わう時のように、ひとつで2度おいしいというバラエティ感と、ずっしり140gのボリューム感、そして1.5元という庶民価格のリーズナブル感でしょう。
売れているだけあって、味もまあまあですが、小さな子どもが食べるには大きすぎるような気します。
子どもにねだられた時は、大人が途中で取り上げる覚悟で買い与えよう。
「IT化推進中〜工商局」2001.4.1
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| 北京市の繁華街に掲げられた巨大な看板。 IT化を進めている北京市工商局の先進的イメージをアピールしています。 |
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| ところが、この看板のバックの絵柄に注目すると、マッキントッシュの旧型のノートPC、パワーブックの写真がデザインに使用されていることがわかります。 商標乱用を取り締まる側の天下の工商局が、WTO加盟が注目されているこの期に及んで、マッキントッシュに断りなく商品の写真を当局の宣伝のために使用するなんて。。。 絶対にあるはずがありません、よねぇ。 絶対に。 |
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「赤ちょうちん」2001.1.6
日本で赤ちょうちんと聞けば、会社帰りに立ち寄って一杯やるところと相場が決まっていますが、北京の赤ちょうちんはその形状も材質も違うもので、これが街を飾りはじめるといよいよお正月、「春節」を迎える準備が始まったことを意味します。
21世紀、近代的なオフィスビルやホテルも、率先して中国の習慣にのっとって大きな赤ちょうちんをぶら下げて一気に正月気分を盛り上げます。
中には、クリスマスの飾りをそのまま利用するところもありますが、赤ちょうちんは絶対に欠かせません。

2001年の春節は1月24日。公式にはこの日から7日連休に入ります。
「荒療治」2004.6.8
北京では、ここ数年マッサージが大流行。
日本人向けに発行されているフリーペーパーの広告の数をみても、毎月各誌10〜20もの店が宣伝を繰り広げています。
中国のマッサージは、正に「按摩」といいます。
ニヤっとして「アンモォ」と言うと、いわゆる「ファッションマッサージ」を連想させてしまうことがありますので、場合によっては顔の表情を使い分ける注意が必要です。
中国医学の按摩は、病院や診療所のようなところで行われます。
舌を診て、脈を測り、体質に合った処置を施します。
一方、街中のマッサージ店では、客の要望に応じ、ツボを刺激したり、こりをもみほぐすもので、その気持ちよさがやみつきになってしまい回数券を買って通う客も少なくありません。
そして今や北京の按摩は、海外からの観光客にも人気のメニューとなっています。
「万里の長城を歩いて疲れた足をマッサージでほぐしましょう」と、観光バスで乗り付ける店もあるほどですが、本物のマッサージ師の供給が追いつかないため、目が見える盲人按摩など相当数のニセモノが混じり始めたとも聞いています。
1回の所用時間は、店によりますが大体40分〜1時間くらい。
揉むだけでは改善しない症状には、GUASHAやBAGUAN(抜缶)という民間療法を行うことがあります。
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【GUASHA】 体にオイルを塗り、水牛の角などでできたヘラでこすります。 写真のように、こすった痕は、真っ赤に浮き上がり、見ているだけで痛々しい限りです。 こすられている方は、見た目ほど痛くはないらしいのですが。。。 |
【BAGUAN(抜缶)】 アルコールを染み込ませた脱脂綿に火をつけ、ガラスの球の中の空気を暖めて体に吸い付かせます。 吸引力で皮膚と肉が大きなイボのようにモコッと膨らみます。 |
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この膨らんだところに針を刺して血を抜くと、悪い血が抜けて熱が下がるそうな。 揉まれるだけでは満足しなくなったら、これらの荒療治をお試しになってはいかがでしょう。 やっぱり痛いのはイヤという方は、まじめな顔で「アンモォ」してもらうのがよろしいかと。 |
| 水生昆虫のコオイムシみたい |
「安全姿勢」
1995年、夫婦で北京に留学中だった私たちは中国の正月休暇を利用して司馬遷の墓がある韓城という農村をたずねる計画をたてました。
北京から飛行機で峡西省の延安へ飛び、バスを乗り継いで12時間という行程です。
北京−延安便は毎週木曜日の週に1便。
当時は、正月の帰省に飛行機を利用する客が増えてきたころでしたが、延安行きの切符は、比較的貧しい地域へ向かう便のせいか、週に1便という限られた条件ながら、休暇前ぎりぎりのかけこみでも手に入れることができました。
出発当日、寮のおばちゃんたちに見送られながら大学の留学生寮をあとにし、北京空港へ向かいました。
搭乗時刻が近づくにつれ、出発ロビーに乗客が集まり始めると、同じ飛行機に乗る者同士、だんだん面子が知れてきます。
延安に到着したら、どのバスに乗ればよいなどの情報が交わされるようになります。
延安まではほんの2時間程度のフライトですが、初めて乗る興奮からか、早目に空港入りしたために待ち時刻がそれ以上の客が少なくありません。
その間、カップラーメンや魚肉ソーセージ、ひまわりの種などを口にして時間をつぶしているしかないのですが、時間があれば口を動かしている彼らが去ったあとには、雑食性小動物の小屋に落ちているようなゴミがそこここに残ります。
中国の飛行場や列車、長距離バスの駅には、給湯室が客用に開放されていて、インスタントコーヒーの空き瓶であつらえた蓋付きカップとお茶っ葉を携帯していれば飲み物に不自由しないようなシステムが全国的に行き渡っています。
客らは搭乗の案内があるととたんに、飲みかけのお茶の入った瓶に蓋をして立ち上がり、出発ゲートで待機しているバスに我先に乗り込みました。
バスがいろいろな航空会社の飛行機の合間を縫ってしばらく走ってから止ると、そこには、小さなプロペラ機が我々を待っていました。
自分たちが乗る飛行機を目の前にした乗客たちは、「小さい」と口々につぶやいています。
振り返ると隣にとまっていたジャンボ機をバックにピースで写真を撮っている人がいて、田舎に帰って自分が乗った飛行機の写真を披露するときのことを考えて、大きい方の飛行機を写真に撮って土産にするようです。
中国では、なんでも、大きいことはよいことです。
バスを降りると次はいよいよ憧れのタラップです。
途中で立ち止まっては、ここでも写真を撮る者がいます。
席は指定なのですが、狭い通路の押し合いへし合いはやめられません。
これをやってこそ初めて、乗り物に乗った気がするのでしょう。
飛行機はシンプルな作りで、タラップを上りきったところのすぐ右手に積み荷が見え、左手は奥に向かって座席が並んでいます。
椅子は、飛行機には不向きではないかと思える、映画館のシートのような折畳式でした。
左右二列ずつの合計50席ほどの機内は、飛行機というよりもバスの車内の光景です。
初めて飛行機に乗ったと思われる人たちははしゃいで写真を撮りまくっています。
そうこうしているうちに、出発予定時刻を過ぎたころ、一人の空港職員がトランシーバーを片手に乗り込んできて、浮かれている乗客に向かってアナウンスを始めました。
「この飛行機は150kgの重量オーバーのため飛べません。どなたか二人が降りてくれさえすれば、他の乗客のみなさんがすぐ出発できます。どうかご協力をお願いします。」
私たち夫婦は、目を見合わせました。
「なんてことだ。」
そして、機内の人たちの表情から反応を伺おうと見回すと、なんと乗客全員が、自分の前の座席の背もたれに隠れるようにこうべを垂れているではありませんか。
安全姿勢です。
トランシーバーさんは、後部席から前方に向かって説得のためオウムのように同じセリフを繰り返しています。
客のほとんどは安全姿勢を解きません。
その背中からは、聞こえないフリを決め込んだ覚悟が発散されています。
とやかくするうちに、操縦席からパイロットさんが出てきました。
「いつになったら飛べんるんだよ」とぶつぶつ言いながら私たちの横を通り抜けてトイレへ入ると、しばらくしてから出てきて後部席のあまった座席にどっかと腰を下ろし、たばこを吸い始めました。
スチュワーデスは、爪の垢をほじりながら、冗談まじりに近くの客に「あんた、降りてくれない?」と声をかけています。
「誰かふたりが降りさえすれば。。。」
私たち二人の目に、無言の了解が走りました。
降りよう。
さもないと、何時間でも安全姿勢を続けている人たちと一緒に、飛ぶはずのない飛行機に乗っていることになりかねません。
我々二人が降りたところで、荷物を含んでも150kgに満たないことは明らかですが、この便には、とにかく「ふたり」が降りなければならない事情が発生したわけです。
名乗りを上げた私たちは、そこで始めて外人がいたことを知った職員たちに、お礼を言われながら、30分ほど前に登ってきたばかりのタラップを降りました。
背後では、「みなさーん、親切な日本人が二人降りてくれましたのでもうすぐ飛びますよぉ。」と、トランシーバーさんの声が、安全姿勢を解くおまじないを唱えていました。
航空会社から親切な日本人へのご褒美は、次週便の座席の確保と北京−延安片道運賃無料の条件でした。
一週間の旅に発ったはずの私たちを数時間後にびっくり顔で迎えた寮のおばちゃんたちの感想は、
「飛行機にタダで乗れるようになったんだから、あんたたち、そりゃラッキーだよ。」。
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「いけない外人」 2000.1.25
北京に来ている外国人が別の外国人に危害を加える事件が起きています。
私のいる会社に、ある日現れた外人の男ふたり連れは、50元札を2枚、ぴらぴらさせながら100元札に交換してくれと来ましたが、「NO、NO!シッシ!」と追い出して事なきを得ました。
その後、公安からの通達によると、北京でこの手口で偽札をつかまされる事件が多発しているので注意せよとのこと。
ところが、日本人の経営する美容院がやはりふたりの外人によって、まんまと400元を騙し取られてしまいました。
重々警戒していた矢先の出来事ですが、お金を取られたときに被害に遭った人はまるで催眠術にかかったかのように、従順に現金を差し出してしまったそうです。
気が付いたら後の祭り。
警備のプロは、護身用のスタンガンや催涙スプレーの常備を奨めています。
普段から口臭を貯えておいて、いざというときにハーっとやるのは催涙スプレーの代わりになるかしら。
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| こうしていたのもものの数分だけ |
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| 直筆 石野卓球@北京 |
| 2001年の石野卓球 |
「石野卓球」2001.7.3
2001年6月23日の晩は、三大テノールが故宮でその美声をとどろかせ、高額チケットにも関らず三万人が現場で酔いしれたそうです。
さて、同じ晩の、もっとずっと遅い時間に某テクノ系クラブでは、電気グルーヴの石野卓球氏が2年連続同月同日に北京ライブを行いました。
こちらのチケットはアドバンスで100元、当日券が150元。
日本ではキングオブテクノと呼ばれる石野氏ですが、CDジャケットそのまんまのテカテカしたお顔の親しみやすい人でした。
ファン「あっと、卓球さん、サインお願いします。」
卓球「はい。(サラサラ)」
ファン「私、去年のライブにも来たんですよ。」
卓球「じゃあ留学生さんですか?」
ファン「いえいえ、仕事してます。」
卓球「どんなお仕事ですか?」
ファン「***関係の。」
卓球「へーえ。」
ファン「DJやってるんですよ。趣味で。」
卓球「ええっ。DJには見えないですねぇ。」
ファン「はぁ、一応社長ですから。」
卓球「ところで、どんな曲やってるんですか?」
ファン「(パラパラと本のページをめくり、指を指しながら)こあたりのです。」
卓球「あっと、ぼくも今、***に凝ってるんですよ。」
(ふたりしてニヤニヤとうなずく)
この晩、石野氏のライブは夜中の2時半から朝まで続き、踊るアホウもしまいにはぐったりでしたが、ご当人は前夜の上海ライブでの疲れを見せない元気でプロ根性を発揮してくれました。
というよりも、DJが好きでしょうがなくって気づいたら朝だったという感じでした。
また来年も来てください。
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| 2001年6月23日のサイン | 2000年6月23日のサイン |
「犬と外国人」2004.1.17
北京で犬を飼うには、許可が必要です。
細かい条例があって、大きさや種類によって飼える地域が限定されていたり、散歩する時間が決められていたりします。
今回モデルになってくれた、ダックスフンドのボンボンは飼い主さんがちゃんと手続きをしているので、正々堂々と街を散歩できますが、実際には検疫を受けていない犬や公安への届け出をしない飼い主が相当数いるので、通りすがりにかわいい犬がいてもうっかり手を出すようなことは控えた方がいいそうです。
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子犬の時のボンボン 飼い主と犬の情報が記載されます。 |
正式な飼い犬登録をすると人間と同様に写真入りの「身分証明書」が発行されます。
中国では、人も、ボンボンのような飼い犬についても戸籍を管理をしているのは公安局です。
ボンボンの飼い犬許可証を見ていて、ふと思い出したものがありました。
同じ公安局で発行している「外国人居留証」です。
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似ているワン。
「ウィスパー」2001.12.3
中国はいわずもがな人口が多い国です。
人口が多いということは、女性も多く、女性が多いと、生理用ナプキンもたくさん消費されるということになります。
生理用ナプキンには、中国オリジナルブランドから、世界中に名を馳せたアメリカのP&G社製「ウィスパー」や、日本から進出してがんばっているユニチャームの「ソフィ」など、少し品揃えのよい店に行くと数社のメーカー製品が陳列棚にひしめくように並んでいます。
中でも「ウィスパー」は、他社に先駆けて中国製のものにはない衛生的な安心感や使い心地のよさを中国大陸の女性に身をもって覚えさせ、広く浸透したことで、この分野の商品にもブランド志向を植え付けることに成功しています。
その結果、「ウィスパー」はニセ物に市場を脅かされることになりました。
「ウィスパー」は中国名を「護舒宝(hu shu
bao)」といい、あざやかな青の包装で商品イメージを伝えています。
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「ニセウィスパー」は、印刷からその青い包装をそっくり真似ています。
では、中身はどうかといえば、こちらはなかなか真似ることができないようで、「夜用特長28cm」と表記しながら、実際は「昼用22cm」がパックされています。
ナプキンそのものの質は、国内製品のレベルで、個々の包装も簡易ですので、どんな衛生状態の下で製造されたのか怪しいものです。
そしてなによりも、本体外側の下着に貼り付ける「のりテープ」部分をカバーする紙に印刷されたトレードマークがニセ物らしさをかもしだしています。
「ウィスパー」のトレードマークは、女性がのびやかに四肢を大の字にひろげてジャンプをしている図案ですが、ニセ物に印刷されているマークは、そのまま「大」の字です。
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この手の「ウィスパー」は、中国各地にある「小商品市場」と呼ばれる少量から卸売りをする雑貨市場で流通しています。
おそらく仕入れは、本物の1/2から1/3程度で、売値は本物とほぼ同じで消費者の手に渡っていることが多いようです。
その後、ウィスパー側も策を投じたか、トレードマークを「大」の字とは似ても似つかないものに変えました。
それで「大」の字のニセ物が消えたかといえば、その勢いが衰える様子はありません。
トレードマークを変えたくらいでは何の効果もありません。
「ウィスパー(whisper)」では聞こえないみたいですから、いっそ「ラウド(loud
)」してみますか。
「上を向いて歩こう?」2004.8.17
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以前よりも少なくなったものの、北京では、一般の道で蓋がないマンホールや排水溝に出くわすことがあります。 金属製のフタを盗んでは鉄くずとして売り払ってしまう者がいるからだそうです。 そのため、鉄の代わりにコンクリート製のフタが使われているところもあります。 いつになったらこの穴にフタが付くのか、誰もわかりません。 北京では、上を向いて歩いてはいけません。 |
「ウサじい」2004.11.22
中秋を迎える頃、北京の風習を重んじる家庭では、明の時代から伝わる「兎爺」という泥人形を飾って子供の健康を祈願します。
昔はこれで子供をあやしたり、おもちゃにしたりもしたそうですが、今の日本なら「ウサじいキャクターグッズ」というところでしょうか。
それにしてもこのウサじい、怖いような、かわいいような
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●ウサじい http://211.9.193.53/profile/index.html
「うた」 1999.3.18
北京のカラオケで、日本人の歌を聞く機会があると、日本人ってみんな歌が上手だなぁ、とつくづく思います。
あくまでも私の主観ですけど。
北京には、おんちというよりも、人に聴かせられる歌を歌うことを苦手とする人が多い、しかも、本人にその自覚がないらしい。
小指を立ててそっとマイクを握り、ささやくように裕次郎のバラードを歌っちゃうスーツ姿の日本人駐在員なんかいると、北京のカラオケのおねえちゃんたちはコロッといってしまいます。
一方、北京のおじさん達は、マイクの代わりにモップの柄でも握らせたいくらい大声を張り上げて歌うのが主流で、どこのカラオケに行っても建物の外にまで声だけははっきりと聞こえてくるものです。
北京では、人の歌を聴くのにわざわざカラオケに行く必要はありません。
あらゆる場所で、いろいろな人が、ちょっと古い流行歌をくちずさんでいる場面に出くわします。
あるタクシーの運転手は、私を助手席に乗せて、行き先を確認したとたん、だみ声で気持ちよさそうに歌謡曲を歌い始めました。
一曲歌ったあとに「この歌知ってるか?」と聞いてくるので、「知らない。」と答えると、「じゃあ、これは?」と、2曲目を歌い、さらに「知らない。」と言い返すと、3曲目も歌い始めました。
こうして約30分、計6曲を聞かされて車を降りましたが。
最後に彼が言ったセリフが、「あんたも中国で働いていくなら、俺が歌った歌くらい知っていないとダメだよ。」
お金を払ってむりやり歌を聞かされた挙げ句の果てがこれです。
私だって、あの歌からは原曲を想像すらできなかったと言わせていただきたい。
ある日は、エレベータで、見知らぬ青年とふたりきりになったとき彼が歌い始めたときは、危険すら感じました。
またあるときは、レストランで、メニューを見ている間、オーダーをとるウェイトレスが待ちきれなかったのか、歌い始めてしまったことがあります。
これがサービスだとしても、喜ぶ客がどれほどいるでしょうか。
路上では、自転車や三輪車を走らせながら、音程をすっかりはずした歌声がドップラー効果で寄せては引いていきます。
路上で人目かまわず気持ちよさそうに歌う人たちは、ほとんどが地方から来た外地人と呼ばれる人たち。
音感教育とはあまり縁がなさそう。
選曲はおのずと郷愁にじむ、かつての流行歌。
私も、外地人のはしくれ。
自転車をとばせば、おもわずくちずさむオーロラ輝子。
端で聞けば、まぎれもなく五音不全(おんち)です。

農村の結婚披露宴 (韓城)
| 2001年9月11日のテロ事件後、一時出回ったものの中国政府の販売禁止令で幻グッズとなったというオサマビンラディンをモチーフにしたキーホルダー。 |
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| デザインは、なぜか緑色の招き猫型と、黒ぶち模様の犬型。 お腹を押すと体内に詰まっている「スライム」が、目玉になってムギュっと飛び出します。 |
「梅川さん」 2000.4.8
ある日、会社の朝礼で、職場の責任者が社員たちに「梅川さん」を紹介しました。
梅川さんとは、前日まで同じ職場で「王 輝」という名で、運転手を兼ねて各種業務をこなしてきた働き者の社員です。
彼は、日本語を習ったことはありませんが、日ごろ私たちの話す日本語を聞いているうちに耳が慣れ、「ただいま」「失礼します」「ありがとう」「ちょっと待って」「すみません」など、簡単な言葉を話すようになり、時折通訳なしで業務連絡が理解できるほど、日本語を聞き取る勘が鋭くなりました。
こんな梅川さんも以前は、中国の抗日映画によく出てくるせりふで覚えたおかしな日本語しか知りませんでした。
例えば、運転中に危ない運転をする車がいたりすると「バガヤルー」、これはばか野郎の意味ですが、映画では日本人が同胞や中国人をしょっちゅうこのような言葉で罵っているシーンが登場します。
悪い言葉ほど覚えやすいものです。
また、同僚と冗談を交わしているときにふざけて言うのは「スーラスーラデー」、これは日本の軍人が中国人に向かって日本刀を振りかざしているシーンで言うセリフで「死ね、死ね」という意味の言葉です。
外出の際に「行ってきます」の代わりに「トツゲキー」と言い、ランチに行くときは、これも映画でよく使われる「メシメシ」など、あまり会社で使うにははふさわしくない言葉ばかりでした。
梅川さんが、日本人といっしょに働くようになって1年たちました。
友好的なアットホームな雰囲気の職場で、日本人が必ずしも抗日映画に登場する軍人さんのような人ばかりではないことがわかってきたようです。
そんなある日、彼がせっかく日系の会社にいるのだから自分に日本名をつけることにした、と名乗った名が、姓を「梅川」、名を「一夫」と言います。
同僚たちからは、「いい名前じゃない」「演歌歌手みたい」「日本人っぽい」と評判上々です。
ところが、この名前を中国語読みしてみると、中国人がふざけてつけた名前だということがすぐにばれてしまうのです。
梅川一夫 = mei chuan yi fu = 没穿衣服、なんと服を着ていないという意味になるのです。
「名は体を表わす」といいますが、彼がいつか名前通りになってしまう日が来ないことを祈っています。
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| ありし日のシズ子ちゃん |
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